第4巣
西アジア・地中海東岸の神話
第1羽 パレスチナ・旧約聖書のカラス
 復活するイエスの為に、遺体は布にくるまれてゴルゴダの丘から大切に運び出された。キリスト教の多くは基本的に火葬して遺体を消滅させることは賛成していない。イスラム教では、遺体を焼くことは許されないことである。日本のイスラム教は、山梨県に独自の遺体埋葬施設を作ったらしい。
 かつてのミトラ教、歴史的に続いたゾロアスター教、現在のインドムンバイで守られたパールシーの葬祭は、鳥葬である。「世界の葬送」によると、鳥葬の為の台があり鳥葬の為の鳥葬師が、鳥が食べやすいように切り刻み、頭蓋骨を割り、骨も砕いて何も残さないという。鳥葬というよりも鳥を使って天に昇らせる天葬というべきだと述べている。衛生上だけでなく遺族の心情からチベット仏教の鳥葬は2006年に取材禁止となったようだ。ゾロアスター教は拝火教とも言われ、松明の火が清浄であることを願う。従って、抜け殻になった遺体のためにその厳粛な火は使わないということのようだ。その意味で、火葬は好まれていない。日本の神道でも、明治6年廃仏毀釈神道国家宗教体制の中で火葬禁止令が出されたが、明治8年に撤回されたことがあり、神道でも遺体の処理に火を使うことに抵抗があったのだ。
 遺体が、復活のために欠かせないと考えたキリスト教にとって、遺体に群がるカラスはおぞましい敵となる。ゴミ袋を漁るカラスと同じく駆逐されるべき存在である。しかし、この復活の概念ができる前の旧約聖書の中ではまだまだカラスは人類の預言者の生活を守る役割を演じている。

旧約聖書 列王記17章エリヤフの登場である。
 エリヤフは、紀元前874年に即位したイスラエルの王アハブの時、預言者として現れる。イスラエルの王が祀るべきイスラエルの主ヤハウェアは、おきてを重んじ厳格な法の神であった。風と地震と、恐ろしい火を司る優しさにかけた近寄りがたい山の神であった。王アハブは、フェニキアのティルスのエトバアル王の娘イザベルと結婚しアフリカ北岸までの領地拡大を目指した。文化的に先進したフェニキアのイザベルは自国の宗教バアル神を布教するために大神殿と400人の司祭を連れてきた。さらに空を駆け、雲を呼ぶ豊穣の神バールには女神アシェラも欠かせない。そのための司祭400人がフェニキアのティルスから呼び寄せられた。結局千人近い異教の司祭がイスラエルに入って住み着き、イスラエルがその費用を払う。その時、イスラエルの主ヤハウェはエリヤフに預言を下した。
 エリヤフが王アハブに言った。「これから露も雨も降らない。私の言葉がないかぎりは」そして3年間露も雨も降らない旱魃となり飢饉が襲う。この間エリヤフが身を隠したのがヨルダン川を見下ろすケリトの洞窟で、ここに朝夕パンと肉を運んだのが、ヤハウェに指示されたカラスだった。給食係としてのカラスとは、西王母のカラスを思い出させる。
 そのあと、エリヤフは、バアル神の司祭と雨乞いの祈祷比べを行い勝利する。しかし王アハブは妻のイザベルと実家のティルスに頭が上がらず、バール神を追い出すことはできない。追っ手を逃れてエリヤフは、ヤハウェの導きでシナイ山に、500年前のモーゼの道をたどる。神の怒りは、大地震と大噴火で表された。火のあとの静寂でエリヤフは泣きながら神に祈ったが神は、「イスラエルは残しておこう。バアルに膝まずかなかった7000人と、バアル に口づけしなかった7000の口を」乾き疲れ苦渋と苦痛に満たされたエリヤフは泣いた。
 王アハブは、紀元前853年、ダマスコの戦いで戦死した後、王女イザベルがイスラエルを支配し、長男が1年で死んだ後、次男ヨラムが王位につき12年続いた。イザベルの妹はカルタゴの女王となり、娘はユダ王国で皇太后となった。イザベルは自分の権力に満足し、息子のヨラム王にダビデ王のようにユーフラテスからエジプトを征服することを期待した。しかし、総司令官に任命したイエフが叛乱し、イザベルとヨラムを殺し、アハブにつながるものは全て、70人の子供たち、家臣、助言者を殺し、政策、法律、政治組織を一掃して国は瀕死の状態になった。
 エリヤフにも最後の時間が迫っている。後継者エリシャを連れてヨルダン川の谷筋を登って行く。陽は落ち冷たい雨が叩きつける、川は急流で泡立っている。マントで川を打つと川は左右に別れ川床を行くが、付いて来た信者たちはここからは入れない。エリシャも見送る。すると突然、突風が舞い上がり、雷が鳴り響き、火の馬に引かれた炎の戦車がエリヤフを天上高く運びさった。光は消え冷たい雨の暗闇が戻ったとき、エリヤフのマントが天から舞い降りてきた。エリシャは「エリヤの神、主は何処に」と叫んでそのマントで川を打つと、川は分かれ、若い預言者は川を下って行った。
 このエリヤフの戦車での昇天のモチーフに、ミトラ神が太陽神との天駆ける四頭立ての火の戦車を想起したのは「元型と象徴事典」である。

【へヴァリー・ムーン著 アーキタイプシンボル研究文庫】

紀元前9世紀の旧約聖書において、カラスはまだまだ神話の重要な登場人物である。

by九岈