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岡山県建部町に鎮座する古社です。美作国が吉備国から分国した和銅6年(719年)弓削荘27カ村の総氏神として鎮座したと伝えられています。
建部町にほど近い津山の中山神社には、猿神退治の伝説が伝えられています。「今昔物語」によりますと、中山神社に猿神が住みつき若い娘を人身御供に取っていました。これを聞いた旅の狩人が、二匹の犬とともに猿神を退治したため、この地から人身御供の風習がなくなったと伝えられています。
当地に伝わる「一宮社伝書上」には「伽多野部長者乙麿が、贅賂ゴ狼神(ゴ:ケモノへんに悟)の怒りを受けて人身御供をやめ、代わりに鹿二頭を供えるようになって、弓削庄に移住した際、贅賂ゴ狼神を勧請して建てたのが志呂神社」と記されています。
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