京都市左京区に鎮座する古刹で、本山修験宗の総本山です。 天台宗の増誉大僧正が、寛治4年(1090年)の白河上皇が熊野三山を参詣する熊野御幸に際して先達を勤められ、その功績によって聖体護持の2字をとり、聖護院という寺を賜ったのが聖護院の始まりとされています。増誉大僧正は、この時熊野三山検校職に任命され、本山派修験の管領として全国の修験者の統括を命じられ、聖護院の最盛期には全国に2万余の末寺をかかえる一大修験集団となりました。
この後、上皇によって行われた熊野御幸の案内は代々聖護院大先達が勤めました。 この聖護院に加え、伏見の醍醐寺、吉野の金峰山寺には、役行者の前にぬかづく御犬(狼)の絹本彩色画が伝えられています。これらの絵から、役行者を始祖とする修験道と狼信仰が深い関係にあったことがうかがえます。