狼神話 [ホーム]
 吉野・犬塚(いぬづか) 

 奈良県吉野町の吉野川を見下ろす岡の上に鎮座する小さな塚です。この塚には次のようなお話が伝わっています。

 その昔、大海人皇子(後の天武天皇)が、天智天皇の後継をめぐる問題で天智の子大友皇子と争いになり、大津京を逃れ、吉野に隠棲していました。その後大津から追手がかかり、吉野川に沿って窪垣内集落まで逃れて来たとき、川で渡しをしていた老夫婦が、舟をひっくり返して皇子を中にかくまいました。大津側の追手が連れていた犬カグハナが舟の周りでにおいをかぎ出し、皇子が見つかりそうになったため、翁(おきな)

が赤い石を投げたところ、石に当って犬は死んでしまいました。

 こうして難を逃れた皇子は無事吉野を出て、伊賀上野で吉野の豪族、県犬飼大伴(あがたいぬかいのおおとも)と合流。大海人皇子は大伴の案内で伊勢から尾張に渡り、尾張と岐阜の豪族を味方につけることができました。そして吉野勢と尾張岐阜勢で大津京を攻め、大友皇子を倒して飛鳥浄御原宮(あすかのきよみはらのみや)で即位しました。これが壬申の乱(672年)です。

 この後、県犬飼三千代(あがたいぬかいのみちよ)が皇室に嫁ぎ、橘氏の祖となる橘諸兄を産むことになりますが、これは壬申の乱で県犬飼大伴が立てた手柄によるものだと言われています。この説話から、追手の大津側にも大海人皇子側の吉野の豪族にも犬

飼がいたことが分かり、古代の戦では犬飼集団が重要な役割を果たしていたことがうかがえます。

 言伝えによりますと、死んだ犬カグハナは大津の京に置いてきた大海人皇子の愛犬だったことを知った里人は、その亡きがらを岡の上に葬りました。これが現在の犬塚です。翁が投げた石は麓の御霊神社に安置され現在に伝わっています。また、国栖の窪垣内地区では今でも祟があるとして、犬を飼うことはタブーとなっているとのことです。

祭神

 大海人皇子の愛犬カグハナ

御利益

 不明

祭礼

 不明

名物

 葛湯(発祥の地)

所在地

 奈良県吉野郡吉野町窪垣内 国栖小学校跡地敷地内

アクセス

 近鉄「大和上市駅」から奈良交通バス「新子局前」バス停下車、徒歩5分